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8/22,23 アトリア夏のリトリート

2026.09.12 up

夏休みの終盤、8月22日と23日。
アトリア夏のリトリートが開催されました。
舞台はこのリトリートではおなじみの神奈川県相模原市藤野町エリアです。 

雨上がりの藤野で行われたこのリトリートでは、
大人もこどももごちゃまぜになって感じることを大事にしています。

その場にある自然(ネイチャー)を感じながら、自分の自然な心(ニュートラル)を感じ直す。
そんな時間を大切にしています。

本当に自分が興味のあること。
気付くと追いかけてしまう色や音や匂い、惹かれてしまうもの。
きっかけもないのに思い出してしまう、今日は一緒にいない大切な誰か。

自分の思いに触れることに、こどもも大人も関係ありません。

こどもたちのために、そして、かつてこどもだった人たちのために。
その胸の何にタッチするかは分からないけれど、
藤野の里山の中で、
地元の猟師さんたちと参加者同士の見守り合いの中で、
二日間のリトリートを行ってきました。

 

一日目は、山歩きからスタートしました。

猟師さんや動物撮影家さんの先導のもと、
農業用モノレールに乗り
湿った山道を行きます。

一列になって進む姿は、さながら探検隊。

鳥の声、歩く昆虫、佇むきのこ。
腐った木がまさに目の前で倒れるハプニングもありました。

動物の痕跡を探し、
巣穴の近くには定点カメラを設置しました。

 

山から降りたら工作の時間です。

鳥の鳴き声に似た音を出すバードコールと、
鳥や小動物のための巣箱を作りました。

 

感動は、目を凝らせばそこここにあります。

思わず湧き出した誰かの冒険心。
工作や創造に夢中になる姿。
知らないものを発見したときの嬉しい驚き。
身近な人や自然との、ふとしたつながり。

どこで、誰の胸に、何が点火するのか。
それはきっと本人にも分かりません。

大人もこどもも一緒くたに、
親も子も関係なく、
お互いにそれを見守り合います。

 

あっという間に夜が来て、
そしてまた朝が来ます。

ここから二日目の参加者も合流します。

二日目は、前日に設置したカメラを回収し、
みんなでその録画を見るところから開始です。

残念ながら、今回設置したカメラに動物の姿はありませんでした。
代わりに撮影家の方が過去に撮影した映像を見せてくれ、里山で暮らす動物たちのリアルな姿をみんなで眺めます。

怖いと思っていた動物の、思わず微笑むような意外とかわいい姿。
かわいいと思っていた動物の、泣き出してしまう子がいるくらい意外と怖い姿。

そして、猟師さんのお話を聞きます。

動物と人との関係は、そのまま私たちの暮らしや社会にもつながっています。

命をいただくこと。
その重み。
実際の動物の捕り方や道具の扱い方を教えてもらうことで、普段何気なく口にしている“食べること”や、なんとなくしている“愛でること”にも、少し違った角度から触れていきます。

かわいい。怖い。食べる。生きる。
簡単にはひとつにまとめられないものを、そのまま持って次の時間へ向かいます。

 

お昼を食べたら、川遊びです。

ひんやり涼しい空気の中で、思い思いに過ごします。

滝に打たれるもよし。
冷たい水に浸るもよし。
石を積むもよし。
火を起こすもよし。

自然の大らかさの中で、
私たちひとりひとりが、自分の触れてみたいものに触れ、
味わいたいものを味わい、
遊び、感じる。

言葉になることも、ならないこともあるだろうけれど、
胸の内に灯ったものを交換したり、見つけ合ったりしているうちに、
夕日は帰りの時間を告げます。

何が好きだったか。
何が楽しかったか。
何を感じたか。

こどもも大人も、
外からの参加者も地元の方々も、
立場も年齢も関係なく、
それぞれが自分の言葉で思いを静かに置いて、
場は解散となりました。

思いを馳せます。

帰路の車輪の上で、それぞれに何を思ったのでしょうか。
帰宅したあとで、どんなおみやげや、おみやげ話があったのでしょうか。

再会したときに、あの話の続きが聞けるかな。
次に会うのはいつかな。

もしかしたら、また来年のこの藤野リトリートかなと思い至って、
ふと、相手の年齢も立場も忘れている自分に気が付きました。

まるでこども時代のひと夏の出来事のように感じた、このリトリート。

毎年の夏休みの思い出を重ねるこどもと、
かつてこどもだった人が、
これから少しずつ増えていくといいな。

そんなこどものような感想で、
この文章を締めることにします。